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あなたの名前を呼んでいいかな

ワクワク人生攻略ブログ

パンドラの箱が開いた時、他の人はどうやって対処しているのだろう

メンタルタフネス

誰にでも、思い出したくない、封印したい記憶の一つや二つある。
私の場合それが「高校時代から20代前半」という、若い時に集中している。
思わぬところから、パンドラの箱は開き始める。
社食が休みの日、デスクで食事をとっては何か気まずい雰囲気だったので、コンビニで買ったパンを食べる場所をひたすら探していた。
トイレの前を通りかかって、ここでいいかと思った。
いわゆる「便所飯」だ。

高校生の時、私は同じ学校に友人がいなかった。
ひねくれた性格と人見知りに加え、微妙に成績のいい自分は、学校の中では常に一人だった。
担任が心配するほど、私は浮いていた。
生徒が提案する席変えで、教室の中央に机を配置されたことがあった。
他の机同士より、30cmずつくらい、離されていた。
前半分女子、後ろ半分男子、最後列の中央に私という配置になったこともあった。
さすがに担任以外の教師陣も心配し始めた。

「こっちが気を遣って話しかけてるのに、微笑むだけってむかつく」
体育で無理やりペアを組まされた女子は、私のことをそう言った。
「あいつトイレでご飯食べてるんだって、きたなーい!」
多くの同級生は私を黴菌のように扱った。
体育の時間に、水溜りの泥を飲むよう命令されたこともある。

教師たちは精神科の受診を強く勧めてきたが、貧困家庭に精神科受診など贅沢な話である。
実際、毎日お風呂に入っていたし、歯も磨いていたし、洗濯された服を着ていたので、トイレで食事をとる(実際はトイレの個室でひたすら時間をやり過ごす)以外は「汚くはなかった」と思う。
そう思う私の心が一番汚い。

屋上は、昔自殺者が出たという理由で、閉鎖されていた。
階段や屋根裏は、不良の真似事をしたがる人たちに占拠されていた。
図書館は下級生がなぜか入ってはいけない場になっていた。今でも謎である。
授業と授業の間の時間が、どうしても潰せない。
トイレにしか居場所がなかったのだ。

今、当時の年齢に戻りたいかと言われたら、絶対に戻りたくない。
しかし一度開いたパンドラの箱は、次から次へと当時の悪夢を私に思い出させる。

私が今でも「見下されることが一番苦手」なのはこうした理由がある。
当時見下していただろう人たちが今どうしているか、全く私にはわからなかったが、
先日偶然、ある一人と再会した。
それ以来、パンドラの箱が開きっぱなしである。

「しつこい」その通りだ。
「子供だったんだから仕方ない」偏差値60を超えていたら、それなりに考える頭はあるはずだが。
「増田に書け」自分でもそう思うが、なぜ読者が減るかもしれないと思いながら、便所飯について書いているのだろうか。
「吊り乙」自分でも吊りだと思いたいが、フェイクを入れているのは残念ながら1割程度である。
「あなたより苦労している人がたくさんいる」その通りだが、その人たちの苦労と私の精神疲労はどちらも比べてはいけないと思う。

もう見下されるのはごめんだ。

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