あなたの名前を呼んでいいかな

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「自分のいいところを100個あげる」をやってみた結果、罪悪感に気づいた話

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きっかけ

仲良くしてくださってるブロガー・にゃんすさんのこちらの記事です。

自分の良い所リストを作って戦略的に個性を伸ばしてみる - 全力にゃんす!

100個も私にあげられるだろうかと思いながら、手持ちのiPhoneのリマインダーに「よく褒められること」を入力してみました。

タイピングが早い、人懐こい、笑顔がデフォルト等、20個までは割と簡単にあげることができました。
そこからが苦行です。
にゃんすさんによると「細分化がコツ」とのことなので、外見→パーツごと→さらに細かいパーツ・・・と探っていくことにしました。
しまいには「福耳」「髪の生え際はかわいいんではなかろうか」と迷走を始めましたが、自分しか見ないのでいいことにします。

あげているうちに気づいたこと

自分が親世代になってもまだ「親の期待(優秀な医者になる)」に添えなかった自分はダメ人間、価値がないとずっと思い込んでることが、リストアップしている途中に気づきました。
我ながら、十分すぎるくらい、親や周りの期待に応えました。
「試験」と名のつくものは小学校受験から(大学を除いて)全て親の期待どおり受かってきました。
傍らで絵画のコンクールや、読書感想文のコンクール、ピアノのコンクール等も、それなりに入賞していたわけです。
親は私に教養をつけるべく、休みのたびに私をクラシックのコンサートや美術館に連れ出しておりました。運動もできた方がいいと、水泳教室にも通っていました。
私に今、そこまでやる子どもがいたら「そこまでしなくていいって」と突っ込みます。
なおこうして文章にして、初めて我が親が「教育ママ」の部類に入っていたと気づきました。
周りの友達の親御さんは「テストで100点が取れないと暴力を振るう(結果、骨折者が常にいる)」がデフォルトだったので、理詰めにして黙らせるうちの親はゆるいとすら思っていたのです。環境って怖いですね。
(私が通っていた小学校は、今思い返せば親御さん達の教育熱心ぷりが異常でした。)

期待するのは親だから。応えすぎた私にも責任はある?

私に責任は、そんなにないと思います。
子どもですもの、大好きなママを喜ばせたいじゃないですか。
私の場合はその一心で、好きでもない勉強や読書感想文を書いていた記憶があります。
絵を描くのは大好きだったのですが、必ず親(某美大卒)から「構図がなっていない」「葉っぱの色の奥行きが甘い」等ダメ出しをくらい、「ママが少し直してあげる」とまるで別物にされていました。完全に小・中学生が描いたものではない芸術品の出来上がりです。
現在は絶縁しているので生死も不明ですが、母の母(私から見たら祖母)も時代や形は違えど「娘に教養をつけさせたい人」だったようで、母に絵画だけでなくバレエや日舞や華道茶道・・・とあらゆるものを習わせていた方だったそうです。
事の顛末はさておき、教育ママになる最初の動機は「子どもを将来幸せにしたいから」なんですよね。そう思いたい。

私の代で終わりにするため、子どもは持ちたくありません

ここでようやく自分の本音と向き合うことができました。
一緒にお茶を飲んで、他愛もないことを話し合うパートナーは欲しいです。
ですが、かつての自分と同じ思いはさせたくないので、パートナーとの間に子どもができるのは、正直いって怖いです。
万が一子どもができても、高校までは「受験」と名のつくものから遠ざけたい。(高校受験はほとんどの人が通る道なので、仕方ないと思います)
アダルトチルドレンの連鎖は、どこかで断った方がいい。

親に感謝している部分も、もちろんあります

これだけスパルタで育ててくれたからこそ、私はある程度の文章力を持つことができました。今の資格職に受かったのは、親の教育のおかげもあると思います。
「成り立ちを考えたら熟語の漢字は間違わない」と言い続けてくれたから、人前で恥をかくことはまずありません。
「文字が綺麗だとバカでも賢く見える」と言い続けてくれたから、そこそこの美文字が書けるようになりました。
「常に笑顔で愛嬌ある子でいなさい、人には親切にしようね」と言い続けてくれたから、人にそこそこ好かれるようになりました。
ただし限度があるよね、お母さん。

他にも自分と向き合った記事、あります

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